網戸(あみど)

三夏・人事/蚊や蠅など虫の侵入を防ぎ、風を通すため、目の細かい網を張った建具。


網戸して外より覗く己が部屋  柴田佐知子


子供時分、生家のトイレの窓には網戸がなかった。用を足している最中に、侵入した大きなアシダカグモが壁にはりついているのに気づき硬直したことは一度や二度ではない。

なぜ、網戸をつけてくれと親に頼まなかったのか。あるいは頼んだけれど却下されたのか。記憶にない。記憶にあるのは、アシダカグモの、あのすばやい動きだけだ。恐怖!

さて、網戸ごしに「己が部屋」をのぞいている佐知子さん。どこか昭和の木造住宅の気配。

なんとなく夜の光景を思う。ちょっと外に出たついでに、なにげなく光のもれ出ている自分の部屋を網戸に顔をくっつけるようにしてのぞき見している感じ。

机の上には空のコップ、ひらいたままの漫画本、ラジオからは歌謡曲が低く流れている。

だれもいるはずがないのに、いまにも「わたし」が現れて、さっきのつづきを始めるような……。だとしたら、わたしはどこへもどればいいのだろう。


柴田佐知子(しばたさちこ)1949年、福岡県生まれの俳人。伊藤通明に師事。「空」を創刊・主宰。 




ナイター

晩夏・人事/夜間、照明をつけて行う野球の試合のこと。和製英語。納涼をかねた野球観戦でもある。


ナイターに見る夜の土不思議な土  山口誓子


強い照明に照らされた夜の土は、陽ざしのもとで見る土とは明らかに表情がちがう。

昼が表の顔とするなら裏の顔といおうか、うまくいえないけれど、まさに「不思議な土」。

手花火に照らし出される庭の土にも同じ感覚をおぼえる。

ナイターは東京ドームでしか観たことがないので、この句のイメージとはすこしちがうのだけれど、あの夜バッターボックスに立った大谷翔平選手の異様なでかさが印象的だった。

土のことしかいっていないのに、かえって選手やボールの動きが見えてくるのがおもしろい。


山口誓子(やまぐちせいし)1901-1994年。京都府生まれの俳人。高浜虚子に師事。水原秋櫻子、阿波野青畝、高野素十らと「ホトトギス」で活躍した。「天狼」を創刊・主宰。




グラジオラス

晩夏・植物/南アフリカ・地中海沿岸原産のアヤメ科の球根植物。高さ約1メートル。剣状の葉の間からのびた花茎に夏、横向きにならんだ漏斗状の花が下から順にひらく。花色は白・赤・黄・紫など豊富であざやか。


グラジオラス妻は愛憎鮮烈に  日野草城


剣のように硬くとがった葉を空に向かってのばし、色あざやかな大ぶりの花をひらくグラジオラスみたいな妻。

愛が深ければ深いほど、憎しみに転じたときにみせる刃の切れ味はするどいのか。

こんな妻ではこちらの身がもちそうにない。

相手の存在をありのまますべて受け容れることを愛とよぶのなら、それにふさわしい花はなんだろう。


日野草城(ひのそうじょう)1901-1956年。東京生まれの俳人。保険会社勤務。高浜虚子に師事。戦前は「旗艦」を創刊・主宰し、無季新興俳句運動を展開した。





ざり蟹(ざりがに)

三夏・動物/甲殻類に属する節足動物。沼や水田など流れのゆるい淡水域に穴を掘って生息する。雑食性で、貝や小魚、水草などを食べる。一般には移入されたアメリカザリガニをさすが、日本固有種のニホンザリガニは絶滅危惧種。


ザリガニの音のバケツの通りけり  山尾玉藻


単純明快だが、こういう句は実際にその音を聞いたことのある人でなければつくれないものだと思う。

魚ではなく、硬い殻のザリガニがプラスチック製のバケツにぶつかってたてる、あの羨望の響き。得意げにバケツをさげた男の子が背後を通りすぎてゆく。

バケツは青で、そのなかのザリガニの大きなハサミは真っ赤だ。

ザリガニが捕れるかどうかがすべてだった遠い夏の一日。


山尾玉藻(やまおたまも)1944年、大阪府生まれの俳人。岡本圭岳の長女。「火星」主宰。



冷し中華(ひやしちゅうか)

三夏・人事/ゆでて冷やした中華麺の上に錦糸卵や細く切った胡瓜、ハムなどの具を彩りよくのせ、酢醤油などのたれをかけた料理。


冷し中華時刻表なき旅に出て  新海あぐり


夏休みの一人旅。何かをちょっと変えてみたくて。

とりあえず決めたのは北へ向かうことだけ。鈍行に乗って、景色をながめ、気が向いたら降りてみる。

知らないまちの知らない食堂。知らないおばさんが注文をとりにきて、知らないおじさんが包丁を握ってる。

せっかくだから食べたことのないようなものを頼めばよかったのに、つい暑さに負けてしまった。いや、自分に負けたというべきか。

こんなことじゃ何も変えられないぞと心のなかで己を叱咤しながら、一人ですする冷やし中華。なんの変哲もない冷やし中華。

いつかこの味を思い出す日がくるのだろうか。食べたはずなのに思い出せない「思い出の味」として。

この店を出たらどこへ行こう。次に乗る列車の時刻は自分で決める。だから時間はたっぷりとある。すべてはこの自分のなかにある。


新海あぐり(しんかいあぐり)1952年、長野県生まれの俳人。藤田湘子・鍵和田秞子に師事。



梅雨明く(つゆあく)

晩夏・時候/梅雨前線が北上し、梅雨が終わること。暦の上では入梅から30日後。雷鳴を伴った豪雨のあと梅雨明けとなることも多い。


梅雨明けぬ猫が先づ木に駈け登る  相生垣瓜人


ようやくわが庭にも太陽が戻ってきた。

雨にふりこめられていた飼い猫がよろこび勇んで飛び出していく。

おお、あいつ木に登りやがった。下りられなくなってもしらんぞ。

芝生にできた木の影が濃い。

さあて、俺はどうするか。俺だってほんとは木に登りたいくらいの気分だが、そんなことをしたら家人が目を丸くするだろう。

真っ青な空とぎらつく太陽を見ていると、なんだってできそうな力がむくむくと湧いてくる。

さあて、今年はどんな夏にしてやろうか。


相生垣瓜人(あいおいがきかじん)1898-1985年。兵庫県生まれの俳人・高校教諭。水原秋櫻子に師事。「海坂」を創刊・主宰。  





開襟(かいきん)

三夏・人事/襟元が大きくひらいたデザインのシャツのこと。ネクタイを結ばずに着る。


逢ひに行く開襟の背に風溜めて  草間時彦


あれは高校3年の夏だった。あまりに暑いので、兄がサイズが合わず着なかった開襟シャツを試してみたら、首まわりに風が通るだけでずいぶん凌ぎやすいことがわかった。以来、好んでそのシャツを着て登校した。

夏服ではむろんネクタイの着用は求められなかったが、なぜか開襟シャツは禁じられていた。まじめくさった顔で校則違反だと指摘する奴や、おやッという表情で襟元に目をとめる先生もいたが、だって暑いじゃんと胸中でつぶやき、涼しくなるまで開襟シャツの世話になった。

残念ながら、当時私にはその開襟シャツをふくらませるほど懸命に自転車をこいで逢いにいくような相手はいなかった。

けれどこの一句さえあればいつだって、私はあの夏の日の私自身に会いにいくことはできるのだ。


草間時彦(くさまときひこ)1920-2003年。東京生まれの俳人。製薬会社勤務。水原秋櫻子・石田波郷に師事。




夏野(なつの)

三夏・地理/草が青々と生い茂り、草いきれでむせかえるような野原。


傷舐めてをれば脈打つ夏野かな  市堀玉宗


腰まで覆い隠すような草原に分け入って遊んでいるうち、知らぬ間に腕や足に切り傷ができて血が出ていたなんて経験はだれにでもあるだろう。

「舐めて」で血の味やにおい、生あたたかさが、「脈打つ」でその痛みがストレートに伝わってくる。

夏草の濃いみどりと血のあざやかな赤。むし暑い風にさわぐ葉擦れの音。

自分の身体におさまりきらない生の躍動に、少年はしばし立ち止まる。大きな夏野の一点となって。


市堀玉宗(いちぼりぎょくしゅう)1955年、北海道生まれの俳人・僧侶。沢木欣一に師事。