花盛り(はなざかり)

晩春・植物/桜が爛漫と咲きほこるさま。


人体冷えて東北白い花盛り  金子兜太


雪の白におおわれていた東北の大地は、咲き乱れる花々の白に飾られてようやく春を迎える。

空は晴れわたり眩い光が満ちてはいるが、清浄な空気は冷えていて、まだどこか緊張感を残している。

東京のように花見客でごった返す陽気な花盛りとは明らかに異質な、静寂のうちにあるうつくしさに、血が透きとおってゆくような気さえする。

その大きな景色のなかに、ぽつんぽつんとちいさな人を発見する。農作業に勤しむ人だろうか、村道を歩く人だろうか。

「人体」という無味な単語によって、点景のようにしてある東北の人の姿がよりあざやかに浮かび上がってくるように思う。それが「冷えて」いるにちがいないと想像するところに、作者の東北の人々への思いがくみとれる。

この句を読むと、列車や自分の運転する車で東北を移動したことのある私の脳裏には、そのとき車窓にひろがっていた光景が瞬時に流れはじめる。

どこまで走っても家並みの切れない都会から訪れた者に、東北の集落は心細くなるほど疎らで、人は群れずにちっぽけなままで暮らしているように映った。


金子兜太(かねことうた)1919-2018年。埼玉県生まれの俳人。加藤楸邨に師事。「海程」を創刊・主宰。



春疾風(はるはやて)

三春・天文/春の強風のこと。低気圧が東海上にぬけるときに起こりやすく、台風並みの暴風となることもある。


ネクタイの端が顔打つ春疾風  米澤吾亦紅


きょうから毎日ネクタイを首からぶらさげて出勤か。めんどくさいな。

みんな同じような色のスーツ姿で改札から街へ流れ出ていく。

うわッ、風が強いな。耳もとでひゅんひゅん鳴ってる。

紙くずが舞い上がって、立て看板が倒れたと思ったら、顔面に痛みが走った。

ネクタイめ、俺に活を入れるつもりか。たしかに眠気はさめたけど。

肩をたたかれふり向くと、同期のにこやかな顔。一気に緊張がほぐれる。

そこへまた疾風がかけぬけ、ネクタイの無残な一撃をくらう。

思わず同期のネクタイに目をやると、なんだかおしゃれなネクタイピンが光っているではないか。

こうして俺の社会人一日目は始まった。


米澤吾亦紅(よねざわわれもこう)1901-1986年。長崎県生まれの俳人・造船技師。「燕巣」を創刊・主宰。