花八手(はなやつで)

初冬・植物/八つ手は暖地の海岸近くに自生するウコギ科の常緑低木。庭木としても植えられる。初冬、花茎の先に白い小さな花が球状に集まってたくさん咲く。ほのかな香りと甘い蜜があり、蠅などが花粉を媒介する。切れ込みのある濃緑色の大きな葉は冬でも生命力を感じさせる。


写真師のたつきひそかに花八つ手  飯田蛇笏


昔は商店街に一軒はあった写真店。

七五三でも入学式でも、父親がみずからカメラを手に記念撮影してくれたので、写真店はあくまで現像を頼むところであった。

自分が結婚してから子供と妻と三人で、それぞれスーツを着て近所の写真店で記念撮影をしたことがある。店主は職人っぽいというのか、ことば少なく愛想のないおじさんだったと記憶しているけれど、出来上がった写真は申し分なかった。

通勤時に通りすぎるだけだった店に実際に入り店主の顔も見たせいで、なぜか時が止まったようにしんとした小さなこの店には、毎日どのくらいの客がくるのだろう、売上げはどのくらいなのだろうなんて、失礼なことにも思いが及んでしまった。

毎月ほぼ固定した月給をもらっている身には、その暮らしぶりはちょっと謎めいているように思われた。

そんな写真店のせまい庭に八つ手の花がひっそりと咲いている。だれに愛でられることもなく、もしかしたら店主でさえその地味な花には関心がないかもしれぬ。

けれどちょっとやそっとでは枯れそうにない力強い大きな葉を繁らせて、今年もたくさんの花をつけた八つ手は、この地で日々写真師として堅実に生きる店主の姿とどこか重なって見えてくるかのようだ。


飯田蛇笏(いいだだこつ)1885-1962年。山梨県生まれの俳人。高浜虚子に師事。「雲母」主宰。郷里の山間の地で格調高い重厚な句を詠んだ。



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