冬の蠅(ふゆのはえ)

三冬・動物/冬になっても生き残っている蠅。動作が鈍くなってもまだ生きている姿にあわれを感じる。


バチカンの大聖堂に冬の蠅  久保倉三


冬の蠅といえば梶井基次郎の小説を思い出す。あれは温泉地の宿が舞台だったが、この句はなんとバチカンである。

私がサン・ピエトロ大聖堂を訪れたのは観光客でごった返す真夏であった。それでも大聖堂だけに、そこにはにぎわいのなかの静謐という特有の雰囲気が色濃くただよっていた。目を閉じて、いつまでもずっとひたっていたい心地よさがあった。

この冬の蠅はあの広い聖堂のいったいどこで生き延びているのだろう。

ピエタ像のイエスの胸の上か、あるいはクーポラの窓からさしこむ光のなかか。

キリスト教の建築物としては世界最大の大聖堂。そこに、つくりものめいたちっぽけな冬の蠅。蠅だって神の創造物のひとつであるならば、つくりものであるにはちがいないのであるが。

ほんのわずか脚を動かし、まだ息絶えてはいない。

蠅も人も、いつか必ずたどりつく死の時までを生かされている。



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