木の葉髪(このはがみ)

初冬・人事/晩秋から初冬にかけて頭髪がよく抜けることを、木の葉が落ちるのにたとえていう。冬に向かってわびしさをおぼえる。


鞄のもの毎日同じ木の葉髪  富安風生


毎日同じ時刻に家を出て、同じ鞄をぶら下げ、同じ道をたどって同じ駅に着き、同じ電車に乗って同じ駅で降り、同じ会社の同じ机に向かってきのうと同じような仕事をこなし、同じ同僚と行きつけの店で昼飯を食い、終業時刻がきたらいつもと同じように家路につく。

毎日同じなのは鞄の中身だけではなくて、その人の生活そのものなのではないだろうか。そのひとつの象徴として、鞄が読み手に提示されているかのようだ。

木の葉髪は、その代わり映えのしない日常のくりかえしが永きにわたってつづいてきたことを想像させる。

たとえば会社をもうじき勤め上げる定年間近のサラリーマンの背中が見えてくる。いつもの鞄とともに、ゆっくりと遠ざかってゆく頭髪のうすい後ろ姿が。


富安風生(とみやすふうせい)1885-1979年。愛知県生まれの俳人。高浜虚子に師事。「若葉」を創刊・主宰。



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