晩春・動物/蛙の子、おたまじゃくし。四肢が生えると尾が短くなり、やがてなくなる。
親ひとり子ひとり蝌蚪を飼ひにけり 角川春樹
「ねえ、この子だけまだ手も足も生えてこないよ。カエルになれるのかなあ」
飼育ケースをのぞき込んでいる息子が心配そうにいう。
「おたまじゃくしにもいろいろいるんだよ。あんただってみんなよりちいさいけど、大人になれないわけじゃないんだから」
「そうかなあ。大丈夫かなあ」
息子はケースの端をつんつんと爪でつつく。「おい、おまえ、がんばれ。早く足出ろ」
あたしは正直、おたまじゃくしなんて気持ちわるくてまともに見られない。息子が友達と池で捕まえたといって連れ帰ったときは、戻してきなさいと叫びたかったのだけれど、ぐっとこらえて自分で育てる約束をさせた。
意外にも、毎日何度も声をかけてはごはんつぶやパンくずをやったり、水を替えたり、まめに世話をしている。もしこの子に弟か妹がいたなら、かわいがってくれるのかもしれない、なんて思ったりもする。
「ねえ、お母さん大変だ! 来て来て!」
ある日、息子に大声で呼ばれた。
まさか死んじゃったのと思いながらも、仕方なくおそるおそるケースをのぞいてみたが、何が起きているのかわからない。
「チビに足が生えたよ。ほら、こいつ」
指をさした先には、たしかに他の子とはちがってちいさな後ろ足だけが生えている子がいた。
「やったね。すごいじゃん」
「チビだってカエルになれるね」
息子は心底うれしそうにチビの動きを目で追っている。
弱いものを助けるような人になれと言い残して逝った夫は、ちゃんとここに生きている。
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