仲秋・人事/9月の第3月曜日。国民の祝日。多年にわたり社会につくしてきた老人を敬愛し、長寿を祝う日とされる。
理髪椅子神父をのせて敬老日 朝倉和江
理髪店の椅子に座らなくなって久しい。自分で髪を切るようになったからだ。
よくよく考えてみると、あの椅子に座るのって怖くないだろうか。
髪に鋏を入れられたり、顔に剃刀をあてられたり、耳かきまでするところだってある。そんなことをよく知りもしない他人に任せてしまってよいものかどうか。そこには幾許かは信頼関係なるものがほしい。
まあ、そこまでつきつめないにしても、自分の好みに仕上げてくれる理髪店をみつけ、長くつきあうのは案外むずかしい。よって、あの椅子からは遠ざかっていまに至る。
この句の神父さんは、教会で厳かに祭壇に立つ近づきがたい神父ではなく、ユーモアを交えた説教で笑いをさそうような、親しみやすい好々爺のような人を思い浮かべる。
ちいさなまちの通いなれた理髪店。椅子に座れば勝手にいつもの長さに整えてくれる。
店主は信者ではないけれど、神父さんに支えられて日々生きているお客さんを何人も知っている。このまちにはなくてはならない人だと尊敬の念をいだいている。
きょうは敬老の日だから割引だと店主がいう。神父さんは禿頭に手をやりながら、それほどお手間をとらせてはいないでしょうからありがたく、と返して支払いをすませると、ありがとうとにっこり笑っておだやかな陽のさす通りへ出ていった。
朝倉和江(あさくらかずえ)1934-2001年。大阪府生まれの俳人。水原秋櫻子・下村ひろしに師事。「曙」主宰。
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