春の水(はるのみず)

三春・地理/春の河川や湖沼、井戸などの淡水をさす。雪解けで水量が増え、水音が高くなる。


腰太く腕太く春の水をのむ  桂信子


自分の奥さんだったらいやだな。母親だとしたら──。

久しぶりに実家に帰った。玄関の戸は開けっぱなしで母の姿がない。田舎のことゆえめずらしくはないが、ちょっと心配になって急ぎ足で畑に行ってみる。いた。後ろ姿が見える。小さな流れをまたいで腰をかがめ、両手ですくった水を飲んでいる。

「そんな水飲んでいいのかよ」

思わず咎めるようにいうと、「うんめ」と母は皺だらけの顔をほころばせた。

父が死んで一人で暮らす母。年々確実に老いてはいるけれど、まだまだ大丈夫だな。

遠く山々にはまだ雪が残っているものの、畑にはもうそのかけらもない。

「おめも飲むが?」と母はいう。

都会暮らしがすっかり長くなった俺には、もうその水を飲む勇気はありません。


桂信子(かつらのぶこ)1914-2004年。大阪府生まれの俳人。日野草城に師事。「草苑」を創刊・主宰。 


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