夏初め(なつはじめ)

初夏・時候/立夏をすぎた5月。新緑のうつくしい、すがすがしい時季。


江戸絵図の堀の藍色夏はじめ  木内彰志


水の都だった江戸。当時の絵図で目をひくのは、町を区切るように縦横にのびる堀や運河のあざやかな藍色だ。

絵図片手に、現在の街並みと比較しながらの散策。

東京のいまの堀を藍色と表現することはとてもできないが、絵図の藍色を指でなぞりながら往時の面影をさがし歩くのはいかにも楽しげだ。

堀端の並木の葉のそよぎ、水面のはじく陽のひかり、汗ばんだ肌をなぜる風。

目を閉じれば、江戸の夏の入り口に立っている。


木内彰志(きうちしょうし)1935-2006年。千葉県生まれの俳人。秋元不死男に師事。「海原」創刊・主宰。



春惜しむ(はるおしむ)

晩春・時候/すぎゆく春を惜しむこと。自然も生活も明るく活気ある季節に感じるさみしさがある。


パンにバタたつぷりつけて春惜しむ  久保田万太郎


退院してひさしぶりに帰ってきたわが家。

桜はとうに散り、庭の草花も花のさかりをすぎて、葉の勢いが増している。

今朝は陽ざしが強く、あたたかいというより、すこし暑いくらいだ。

今年はせっかくの春を十分に愛でることができなかった。

薬品臭い病院で煩悶の日々を送るうち、季節はわたしを置いてすっかり先に進んでしまったのだ。

ほどよく焦げ目のついたトーストの香り。それだけのことが気分を明るくしてくれる。

きょうは体調がいいようだ。バターをいつもより多めにつけよう。惜しむことなく、たっぷりと。

自分が食べるものを自分で好きなようにおいしくできる幸せ。それはバターがしっとりとしみてゆくパンの上にだってある。

ああ、わが庭よ。急がず、ゆっくりと、もうすこしこのままで。わたしを置き去りにしてくれるな。


久保田万太郎(くぼたまんたろう)1889-1963年。東京生まれの小説家・劇作家・俳人。松根東洋城に師事。「春燈」を創刊・主宰。