晩春・時候/すぎゆく春を惜しむこと。自然も生活も明るく活気ある季節に感じるさみしさがある。
パンにバタたつぷりつけて春惜しむ 久保田万太郎
退院してひさしぶりに帰ってきたわが家。
桜はとうに散り、庭の草花も花のさかりをすぎて、葉の勢いが増している。
今朝は陽ざしが強く、あたたかいというより、すこし暑いくらいだ。
今年はせっかくの春を十分に愛でることができなかった。
薬品臭い病院で煩悶の日々を送るうち、季節はわたしを置いてすっかり先に進んでしまったのだ。
ほどよく焦げ目のついたトーストの香り。それだけのことが気分を明るくしてくれる。
きょうは体調がいいようだ。バターをいつもより多めにつけよう。惜しむことなく、たっぷりと。
自分が食べるものを自分で好きなようにおいしくできる幸せ。それはバターがしっとりとしみてゆくパンの上にだってある。
ああ、わが庭よ。急がず、ゆっくりと、もうすこしこのままで。わたしを置き去りにしてくれるな。
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