三春・動物/別名「春告鳥」。初めおぼつかない鳴き声は、春がたけるにつれ美しくなる。
雨見えてくるうぐひすのこゑのあと 山上樹実雄
きょうは調子がいい。執筆がはかどる。しずかな雨のせいだろうか。
いまどき升目の入った原稿用紙に青インクの万年筆でちまちま文字を書きつける奴など、まずいなかろう。だがわたしは、あのキーボードとやらをぽちぽち打つ気には到底なれぬ。
あの音が耳ざわりだ。この書斎でいま聞こえるのは、朝からふっている雨のやわらかな音だけ。
ちょうどきりのいいところまで書き上げたとき、窓の外から鳥の声がした。
一瞬気のせいかと思ったが、耳をすませるとまた一声、まちがいない、鶯だ。
わたしは机の前の大きな窓から庭を見下ろした。さほど広くもない庭には、わたしの趣味で種々雑多な木が植えてある。勝手に生えてきたものもある。
どの木にやってきたのだろう。雨だというのに。
しばらくじっと目をこらしてみる。動くものは見つからない。もう飛び去ってしまったのか。
さっきより小降りになったのか、空は明るく、無数の雨つぶが一本一本の線となってはっきりととらえられる。
雨が天から落ちてくるものだという当たり前のことに、その当たり前の雨の姿に、わたしはなぜか心を動かされた。
天の使者となった雨つぶたちが、季節がうつろってもまだ目のさめきっていない庭に、もう春だぞ、起きる時間だぞと声をかけているかのようだ。
鶯の行方が気にかかりながらも、わたしは飽きもせず雨をながめつづける。
山上樹実雄(やまがみきみお)1931-2014年。大阪府生まれの俳人・眼科医。水原秋櫻子・山口草堂に師事。
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